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それホント ?!

大人になって知る日本の戦争の歴史

      2016/06/25

大人になって知る日本の戦争の歴史

子ども時代には勉強のひとつでピンとこなかった戦争のことも大人になるとまた別な視点から見て感じることができると思います。

そんな日本の戦争の歴史について調べてみました。

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日本が関わった戦争の歴史

日本の戦争史において名称に「○○戦争」とつくのは次の通りです。

1894年(明治27年)〜1895年(明治28年) 日清戦争
日本と清国(中国)が李氏朝鮮を巡って起こした戦争。日本の勝利。

1904年(明治37年)〜1905年(明治38年) 日露戦争
日本とロシアが朝鮮半島や満州を巡って争った戦争。日本の勝利。

1914年(大正3年)〜1924年(大正13年) 第一次世界大戦(シベリア出兵を含む)
ヨーロッパがメインの戦争ですが、日本は日英同盟の元連合国側として参戦し、陸軍はドイツが権益を持つ青島を攻略、海軍は南洋諸島を攻略した後インド洋や地中海で商船の護衛や救助活動を行いました。日本のついた連合国側の勝利。また、ロシアの革命軍に捕らわれたチェコ軍団の救出を名目にアメリカやイギリスなどと共に出兵。日本は最後まで残り逆に非難を浴びます。

1937年(昭和12年)〜1945年(昭和20年) 日中戦争(支那事変)
日本と中国による戦争。日本が降伏し終戦。

1941年(昭和16年)〜1945年(昭和20年) 太平洋戦争(大東亜戦争)
第二次世界大戦のひとつで日本対アメリカ・イギリス・オーストラリアなどの連合軍による戦争。日本が降伏し終戦。
質問の中の真珠湾戦争とは恐らく真珠湾攻撃のことで、この戦争の口火となった戦闘のことです。

引用元-日本の関わった戦争について知りたいですが、ネットでみてもすご… – Yahoo!知恵袋

日清戦争

日清戦争とは1894年の8月に始まり、なんと眠れる獅子といわれた清に勝ってしまった戦争のことです。戦争に勝利した日本は下関条約を清との間に結び、その後、大躍進をとげることになります。

では、この日清戦争について少し詳しく見てみましょう。

1894年、朝鮮で東学党の乱(とうがくとうのらん)というのが起こります。東学党の乱とは、一種の宗教団体である東学党が減税や日本の進出を拒もうと起した運動です。その運動は、やがて農民達にも広がり朝鮮全土を巻き込むことになります。

その内乱に困った朝鮮政府は清に内乱鎮圧の為の援軍を頼みます。それに反応したのが日本です。

当時、日本は隣の国である朝鮮がロシアあたりの強い国に勢力を強められるのを警戒していました。だって、隣の国が襲われたら次は日本が狙われる可能性もありますからね。しかも、それらの強い国々に肩を並べる為にアジア進出も描いていた日本にとって朝鮮はぜひとも影響下に置いておきたいところ・・・。

とはいえ、その頃の朝鮮は清が「朝鮮は我が国の管理下にある」と主張していた。日本も朝鮮を武力で開国させ朝鮮に影響力を強めていたけれども、清がどうしても邪魔!ということで、当時、日本と清はいろいろと揉めていた訳です。そこに、東学党の乱の鎮圧依頼が清にだけ届いた・・・。やばい!これ以上、清が朝鮮に勢力を強められると日本の立場が・・・。

そこで、日本は事前に結んでいた天津条約と朝鮮にある日本の公使館を守るという口実で朝鮮に兵を出します。

引用元-日清戦争の原因と結果

日本軍約24万人に対して清軍約63万人(清軍には諸説ありますが・・・)。

数字の上ではかなり日本は不利のように思えますが、そうでもなかったようで開戦後に日本では巨額の軍事費を議会で可決。また1873年の徴兵令以降、ドイツ式に変更された陸軍とイギリス式となった海軍など貪欲に軍の強化に努めていた日本軍はなんと約8ヶ月でこの戦争に勝利してしまいます。

そして、日清戦争に勝利した日本は下関条約(しものせきじょうやく)を清との間に結ぶのです。

引用元-日清戦争の原因と結果

日露戦争の真実 大バクチと奇跡

どう考えても、「日露戦争」は地味な戦争だ。当事国の日本でさえ、400年前の関ヶ原の合戦より知名度が低いし、ロシアにいたっては、学校の授業で教えていないのだから。
ところが、「日露戦争」が歴史に与えた影響はとてつもないものだった ・・・

1.極小国家が極大国家に勝利した(国力差10〜15倍の逆転勝利)。
2.歴史上まれにみる一方的な勝利(日本海海戦)。
3.大航海時代以降、初めて、有色人種が白人国家に勝利した。
4.東アジア(中国・満州・朝鮮・台湾・日本)に究極の安定がもたらされた。
5.アメリカ合衆国が日本をライバル視するようになり、太平洋戦争の遠因になった。
6.歴史上初のイデオロギー人工国家「ソ連」が誕生した(ロシア革命)。

いずれも、歴史上初、もしくは、歴史上まれな事件である。しかし、何にもまして「まれ」は、日本がロシアに勝ったことだろう。
「日露戦争」は、文字どおり、日本とロシアが戦った戦争である。ただし、このときのロシアは、現在のロシア(旧ソ連)ではない。ロマノフ王朝が支配した帝政ロシアである。

日露戦争の原因は一見複雑だが、煮詰めれば、ロシアの南下政策に行き着く。早い話、ロシアが「満州と朝鮮」の征服をもくろんだから。もし、満州と朝鮮がロシア領になれば、日本は日本海をはさんで、ロシアとにらめっこ。ロシアが日本本土に攻め込むのは時間の問題だ。つまり、日本の安全保障は完全に崩壊する。そこで、日本は最終手段「戦争」に賭けるしかなかったのである。

しかし ・・・

賭けは賭けでも、日露戦争は「大バクチ」だった。

ロシアは、人口で日本の3倍、歳入額で10倍、兵力で15倍。しかも、兵器と装備は西洋式で、日本よりハイテク(但し、海軍は同レベルだった)。これほど総合力に差があれば、ロシア軍の指揮官たちが並外れたヘマをやらかさない限り、日本に勝ち目はない。事実、世界の国々、当事国の日本でさえ、ロシアに勝てると思っていなかったのだ。

引用元-日露戦争の真実〜大バクチと奇跡〜

第一次世界大戦

第1次世界大戦は、日本であまり関心が持たれない戦争です。もっとも、死者は少なくとも1500万人、使われた戦費は800億ドル以上。研究する学習院大学学長の井上寿一さんによると「欧州ではきのうのできごとのように話す人がいる」ほど、重きが置かれます。

開戦のきっかけは1914年6月28日に起きた、セルビアの青年によるオーストリア皇太子夫妻の暗殺です。暗殺が起きた地名から「サラエボ事件」とよばれます。(事件が起きた現場には今、博物館が建っています)

1カ月後、オーストリアがセルビアに宣戦布告すると周りの国々が次々と参戦。ロシア、フランス、イギリスなど連合国と、ドイツ、オーストリアなど同盟国にわかれて戦いました。最後はアメリカの助けもあり、連合国が勝利します。

当時、国の重要人物が殺される事件はめずらしくなかったのに、なぜこれほどまでの大戦争になったのか、100年経ってもこれと言える答えが見つかりません。

引用元-小学生にも伝わるざっくり解説 「第1次世界大戦から100年」 | 松村大行

日中戦争とは

1937年(昭和12)7月7日,盧溝橋(ろこうきよう)事件にはじまり,45年8月15日,日本の無条件降伏にいたるまでの日本と中国の戦争。当初,日本政府は北支事変とよび,不拡大方針をとったが,軍部は戦線を拡大して主要都市・鉄道沿線を占領,宣戦布告のないまま,全面戦争に発展。中国は37年9月の第二次国共合作による抗日民族統一戦線が各地で抗日戦を強化した。41年12月太平洋戦争の開始後は第二次大戦の一環となった。当時,日本側は支那事変・日華事変・日支事変とよんだ。

引用元-日中戦争とは – 日本史辞典 Weblio辞書

日本の戦争の歴史 太平洋戦争

1 概要
太平洋戦争は今から約70年前、
1941年12月から1945年8月までの3年8ヶ月あまり続いた戦争で、
日本とアメリカ・イギリス・中国・ソビエト連邦(ロシア)などの国々とが、
中国や東南アジア、太平洋を戦場として戦争しました。
日本側から始めた戦争で、
戦争当初は準備を重ねていた日本軍が、まったく準備をしていなかった
アメリカ軍やイギリス軍に勝利し、占領地域を大きく広げました。
しかし、次第にアメリカは準備を整えます。
アメリカが戦争に対して本格的に対応してくると、
徐々に日本軍は負けはじめ、日本本土も空襲で攻撃されるようになり、
原子爆弾(核爆弾)が広島と長崎に投下され、ソ連も日本に参戦、
最終的にアメリカをはじめとする連合国側に降伏しました。

2 原因
日本は中国に支配力を広げて富を得ようと考えていましたが、
同じように中国に支配力を広げて富を得たいとする
イギリス、そしてアメリカと対立するようになりました。
日本はいろいろな事件や戦争を通して徐々に中国東北部の満州とよばれた地域に
支配域を拡大していきましたが(満州事変そして日中戦争)、
この動きは中国はもちろん、同じように中国に支配を拡大したいと考えている
欧米諸国と対立するものになりました。
そんな中、第二次世界大戦がはじまり、
日本は東南アジアにも進出しようと、インドシナ(今でいうヴェトナムの地域)に派兵します。
この動きを見て、アメリカは日本に対する石油や鉄などの鉱物資源の輸出を禁止、
日本とアメリカの対立は決定的なものになります。
日本は石油などの資源を得て自存自衛するべく、
石油をはじめとする資源の豊富な東南アジアを目指して、
戦争を始めることになりました。

引用元-太平洋戦争って何ですか? 〜簡単に太平洋戦争をまとめ〜|太平洋戦争研究所

まとめ

もう2度と戦争の歴史を刻むことが無いことを願います。

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